所司代手留帖
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2009/06/28(Sun)
日本むかしばなし
ミツルギ
23〜27日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
時間があったら一休みにYouTubeで「まんが日本昔話」のホラーな話を見ています。
日本の怪談の怖さは、様相だけではありませんよね。
見た目だけなら、アニメのあのかわいいとさえ思える絵柄では表現出来ません。そうではなくて、人間の内面の恐ろしさをクローズアップしてくれるところに、日本の怪談の醍醐味があるのです。
「飯降山」などは尼さんという聖職者が飢餓に直面したときに本質をあらわにしてしまうという怖さ。なんで映画『バトルロワイヤル』がヒットしたかというのは、このあたりに根源があるようです。
「三本枝のかみそり狐」は、果たしてどこまで騙されているのか狂気と正気の境界がどこなのかということさえ。
小さい頃は、コワイ話になるとおっかなびっくりながら見ていましたが。
恐怖や切迫した状況にさらされたときの人間の行動は、子供にとっては、結構ショッキングな内容でしたね。
いまだにうっすらですが覚えている内容も多いです。
それにしても、昔話系統のアニメの絵はすごくいいですね。今のどれも同じような8頭身キャラのデザインよりも、技術的には高いですし、わかりやすい。
2009/06/22(Mon)
本の感想、雑感その他
ミツルギ
11〜21日に拍手を頂いたみなさまありがとうございます。
じょじょに具合はよくなってますが、いつもそこで油断するのでぶり返すのです。しばらく自重の日々です。
小川洋子さんの『海』(新潮文庫)読み終わりました。
寝る前や休憩時間に少しずつ読んでましたので、薄いのに時間が掛かってしまいました。
不思議な世界というか、小川さんご本人は苦手だと仰っているようですが、文章がそこはかとなく色気があるという気がします。無意識の無意味な色気ではなく、理知的な色気といいますか。あえてキャラクターがアンヴィヴァレントに装う様とか、幅広い年齢の登場人物を扱いながら、それぞれに色気があるのです。老婆には老婆の、幼女には幼女の。
倉橋由美子さんの人物の色気が、やや悪意を帯びた、たとえていうなら太地喜和子さんや京マチ子さんのような凄艶さを感じるとすれば、小川さんのほうは野際陽子さんのようなちょっとコケットリーのある感じといいますか。
とにかく、恋愛小説であれ推理小説であれなんであれ、文章に色気のない作品というのは、味気ないもんですね。
バター、卵不使用のケーキを食べているようなパサパサ感があって。
私はちょっぴりでいい、極上のバターや卵を使ったケーキを味わうほうが好きです。
人はお金を持っても、皆同じようなことしか出来ないものか……と感じてしまいます。
高級外車に乗り、高価なワインを飲み、ブランドスーツを着て、海外旅行に行く。
古今東西、お金持ちの存在意義は、経済を円滑に回すことにあるのです。
浪費おおいに結構ですが、寄付活動をする、ボランティアをやるなどの公共に関することを積極的にするのが、ノーブルで知的な人のステイタスでもありました。いまでも欧米はそうです。
儲けた分は、社会にいくらかお返しするのが流儀。
日本にはない。否、昔はあったのですが、今はない。
きれいごととか自己満足とかいう声も聞こえてきそうですが、私なら贅沢抜きに普通に生活して有り余るお金があれば、これはどこかよその人から余分に手に入れたものなのかもしれない、と思って多少お返ししないとやましい気分になりますが。
しょうもない使い方、とまでは言いませんが、自分の身を飾るため、一時の欲求を満足させるための投資は実を結びません。
でも、「お金があっても愛がなければ」という夢見る夢子みたいなことは言いません。
お金があれば、ある程度のことは出来ます。余裕を手に入れることが出来ます。
良識ある人、平和を望むならばその余裕を多くの人と分かち合いたいと思うのですが、そうじゃない人も多いんだなあと、ある人からの話を聞いて改めて思いました。
2009/06/10(Wed)
血も涙もない女
ミツルギ
2〜10日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
一応、「明治とのさま〜」の新作をアップしました。怪奇妖異篇です。7回ありますのでよろしくお願いいたします。
またまた具合が悪くなったようで。ホンマしつこい風邪が治らないなあと思っていたら、目が痛くなってきまして。結膜炎かと思って病院に行ったら、なんだかよくわからないのですがドライアイのような状態で、涙が少ないんですね。
熱が芯にあるような感じでして。私の平熱は36度くらいですが、なんかこう36度7分くらい常にあって首から上が熱いし、鼻づまりはするし、喉が嗄れるし食欲も減退。
水気がないので目が乾き、眼精疲労の上に風邪の全身症状からくる涙腺炎のようなことになって、涙が出ない。
まさしく、涙も出ない冷たい女。はっはっ(笑)。
そういうわけで、しばらく仕事以外では極力ネット時間を控えます。申し訳ありません。
ぼんやりTVを見ていたら「警視庁捜査一課9係」の1シーズンの再放送をやっていて、「何でだ!何で今までこれを見なかったんだ私のバカ」な気分になってしまいました。
面白いっ。刑事モノなんだけど、コメディ色たっぷりで、同局の「はぐれ刑事」とかとは全然毛色が違うんだけど、その気の抜け具合とかがハマる人にはハマる。コンビを組んでる刑事同士の遣り取りが面白い。
いわゆるダントツの主人公がいるのではなく、それぞれ個性的なメンバーがいて、いろんな人がキャラ萌え出来る要素もあったりして。
一つ目のコンビは親子年齢差コンビ。理想の上司としては、やはり係長の渡瀬さんで、係長とコンビを組む「青年」がイノッチ。新人なら、是非イノッチの立場になってみたいもんです。
二つ目は美男美女コンビ。主任のツダカンさんは権力志向でクールでカッコいい……と思いきや、私生活では女性に弱いグダグダな男で、そのグダグダさゆえなのか惚れっぽいのか上役の娘という婚約者がいるのにコンビの志保(羽田美智子さん)に気がある様子。ミョーに不器用でリアルで面白いんだ。女性のほうが強いのもまた面白い。
もう一つの漫才風凸凹コンビ青柳&矢沢は、ある意味正統な刑事の先輩後輩コンビのようですが、とくに二人の取調が漫才みたいで。吹越さん演じる青ちゃんが個性的で気風の良いいい男です。主任VS青ちゃんの遣り取りも笑えるし。
こういうノリのドラマが結構好きだったんですよ、自分、な再発見。
7月からのシーズン4も見てみたいと思います。
2009/06/01(Mon)
宇○原さんといい勝負です(多分)
ミツルギ
梅雨のはしりとも何とも言い難い季節ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
近頃のドラマには思い入れがなく、ついクイズ番組を見てしまいます。
漢字はすいません、ほぼ、やくみ○るさんくらい出来ます。出来なきゃ笑われると思います、私の元専攻では。
ものを書くという方なら、似たような気分になられるかと思いますが、出演者の出身大学とか見て「え。こんな程度の知識でこの学校出てんのか……」と感じることしばしば。
もちろん、偏差値が高い=雑学に造詣が深い、ということにはなりませんし、ああいう舞台設定ですので、プレッシャーもあるでしょう。そこを考慮しても、一般常識的にいってどうかしら、このレベルって……という場合が多いような気がします。
いや、世の大学は「お願いだから、その程度のレベルでうちの学校出たって言わんでくれ」とは思わないんでしょうか?
そこが不思議でならないのですが。
有名人であれば、少々出来が悪くてもいいってことでしょうか。
そもそも、大学は入試においては、それは学問をする上での基礎として多少の詰め込みや記憶力を試す部分は必要でしょう。
ですが、目的は奈辺にあるのではなく、理論的に考える力、自分で何かを為す力を養う場であって、有名人を輩出するためではありません。
無論、芸能人と一般に学生している人、研究者になろうかという人では目的も違えば、実力も違うのかもしれませんが、それにしても、どうも近頃の大学のレベルって、ピンからキリまでの範囲が広がりすぎやんなあ、と思えてなりません。
平均点80点(100点満点中)の人の大学があるとして、昔はその範囲が70〜90点が多数だったのに、今は40点も多ければ100点もいる、ものすごくばらつきがあるように見えます。
結果的に、それは「学士」「修士」「博士」という称号を軽視しているうえに、理系科目文系科目にかかわらず総合的に学習が出来て、得意不得意の差が少ないバランスの取れた人材を育成しようという気が教育者にはまったくないのではないか?という風に見えてなりません。
たとえば、東大を出てりゃ、こんくらいの漢字は知ってるだろうに、理系だからって出来ないのはおかしい、というようなそんな珍回答も出るクイズ番組を見て「なあんだ、東大ってこの程度かよ」と思われても何も恥ずかしくないのか関係者。と思うわけです。
しかし、どこまでいってもやっぱ日本は肩書(学歴じゃなくて)というかブランド力ですなあ。
2009/05/30(Sat)
裸の王様
ミツルギ
27〜30日に拍手を下さった皆様ありがとうございます。
金銭の話ばかりするのは、些かはしたなく恐縮なのですが……。
BSで「母をたずねて三千里」を再放送していて、ところどころ見ています。子供の頃、見ていたのにあまり覚えていません。
原作は、短いイタリアの子供向け読本です。日本のアニメ向けにアレンジされているのは当然ですが、
「こんな暗い話題をゴールデンでよくやってたなあ。子供心にこんなの見て、どうだったのかな」
と思うわけです。
もうのっけから、貧乏話です。ジェノバの診療所の経営担当をしているマルコの父は、貧しい人でも医療を受けられるようにやりくりする、そのために借金を作り、妻(マルコの母)をアルゼンチンに出稼ぎに行かせることになる。
マルコは行く先々でお金のトラブルに突き当たる。スリに出くわす、病気の子の為に自分の旅費を差し出す……。マルコと同行するペッピーノ一座も、日銭を稼ぐのにキュウキュウしている。
アルゼンチンでも、マルコの周りは常に貧しい人ばかり。
時には親切でお金持ちの人にも出会うけれど、決して明るい世界ではないのがこの物語です。
子供には、やっぱり重い内容なんでは……と思いつつも、子供だからこそこういうテーマの物語を見るのがいいのかもしれません。
今のアニメがどうなのかは、あまり事情を知らないのですが、少なくとも金銭に関してリアルな話はなさそうです。
リアルに清く正しい貧乏な子供時代を送っていない今の日本の子供には、マルコの世界は無縁だからでしょうか。
お金を持っていると、マルコだってお母さんにすぐに出会えたでしょうし、そもそも出稼ぎに行く必要もない。
すべてお金が解決してくれる。
三千里の旅路の中で出会う数々の親切な人々、困った出来事、異国の景色、さまざまな経験を積むことはありません。
「自分はこんなに広い世界で、いろんなコネクションがあって、楽しいぞ」と思っているお金持ちは、実はそれが自分の力でも任気としての魅力でもなく、お金に依拠するものが大きいということに、気付きません。
それこそ、実は狭い世界でちやほやされて、地位やお金があるばかりに、本当のことを誰からも言ってもらえない、悲しい「裸の王様」なのです。
「裸の王様」の寓話は、結果的に王様を開眼させる結末ですが、現実はそんなにハッピーでも明るいものでもありません。
現実の「裸の王様」は死ぬまでストリーキングを続け、それでも誰もが見てみぬフリをする無様な人生なのです。
これは、必ずしも金銭面に限ることではありません。
学問や芸術や芸能やその他の世界でも、自分がいちばんで、他者の意見に聴く耳持たない人は「裸の王様」です。
聴く耳持たない、というのは、それこそ天上天下唯我独尊のみならず、人の意見を正論で図星自分の欠点を指摘していると思える意見でも、あえて無視するなら、同義です。むしろ、後者の方が卑屈でしょう。
お金持ちでもそうでなくても、やはり子供の頃に素直な心を培うことが大事でしょうね。
よそ見していて、電信柱にぶつかったら自分が悪いのはアタリマエで、電信柱に文句を言う人は吉本新喜劇でもない限り、どっかおかしいのです。
お金持ちなら
「ぶつかってケタクソ悪い。こんなところに建てやがって。この電信柱をよけろ。金ならある」
になってしまうのかもしれませんが、そうではない。
より多くの人の幸せを願うなら、やはり電信柱はそこにあっていいのです。些細なけしつぶ以下の個人のプライドのために、多くのことを犠牲にしていいとは思えません。
「ぶつかった事は決まり悪いけど、よそ見していた自分が悪いもんなあ」
と思える人であれかし。
2009/05/27(Wed)
時間はナンボあっても困りません
ミツルギ
24〜26日に拍手を頂戴したみなさまありがとうございます。
珍しく小説の話をば。
長かった連載も一区切り、『警視庁恋物語』が終了しました。いちおう五月中にはと思っていましたので、目標には辿り着きましたが、このところのスローダウンは当人も「まあいいか。息抜きだし、惰性だし」のような感は否めません。
では、ここらで気分一新!
とでも宣言出来たらいいのですが、なかなかそうもいかないオトナの事情ってものがあちこちにありまして(?)。あちら立てれば、こちらが立たずになるとヤバイ(ああ、このへん好き嫌いが激しいくせに、八方美人で困りますね)ので、当分こんなペースになるかと思います。すみません。
言い訳じみているのですが、年始に「今年は試験とコンクール受けよう」と思ってそれに合わせてスケジュール調整をし、アルバイトは減らして、楽天の原稿も前倒しで書いておいて、旅行も行かず、休日はとりあえず半分仕事のテイスティング三昧(休みになっちゃいませんね)。その間、パン講師のマイスターも取得して、セミナーに参加しーの、日頃御世話になってる先生のところでケーキ焼いたりイベントしたり、おまけに職場では急遽退職者が出て人が入れ替わるので、その分気苦労&残業と疲労が続いて、つまるところは何もかもいっぺんに重なり過ぎてムチャクチャな生活だったわけです。
4月からずっと体調が悪くて慢性的に寝不足で、鼻はきかないし、微熱はあるし、喉は痛いしな日々が続いて、最悪モードに突入。
おかげさまで試験は来年もチャレンジしないとなあという惨憺たる結果になるのでしたが(爆)。
そもそも、基礎はあっても3ヶ月くらいの勉強ではムリですといわれました。それでも7割超え(自己採点)まで持って行った自分をせめて褒めてあげたい。頭ボーッとして、問題文を完全に読み違えたのが4問もありましたけど。
「なに、生き急いでんのよ。そんなに何もかも」
とも言われましたが、貧乏性なのでじっとしているのが苦痛。
今しんどいのはしんどいですが、虚無感漂うお金持ちにはなりたくないのです。なれるもんならなってみな、という声が飛んできそうですが(笑)。
また、一つのことだけに専念出来る性格でもないですし、そもそも「専門バカ」にもなりたくない。
某所でブログにも書いたのですが、私は一つのことだけではなく、オールラウンドプレーヤーでありたい。
野球で代打専門っていうとカッコいいですが(あぶさんみたいですね)、それはムリ。サッカーでもきっとキーパーには向いてない。超一流でなくてもいい、攻・走・守そろったバランスのいいプレーヤーになりたい。
言い換えれば、それは何かの超一流になることが出来ないとわかってるからでもありますし。
たとえば。
日本酒の専門家が、「私はワインはまったく知らないので」「のどごし生(発泡酒)ってビールじゃないんですか?」ではいけない、と私は思います。
他人様にぜひともこうすべきだ、とは言いませんが、私はそういう主義です。
学問にしろ、仕事にしろ、何かを突詰めようとか、自分の中で全貌をつかもうとか本質に迫ろうと思うなら、そのことだけではあまりに危うい。
魯迅の作品を語るのに、魯迅の小説や生い立ちを知るだけでは不十分なのと同じです。魯迅が幼少期に愛読した『山海経』(紀元4世紀くらい)を読むのは研究の上では当然なのです。
と、そんな感じであちこち手を広げているとこういう状況になってしまいます。
野鳥検定とかやってみたいなあとも思うんですが、……ビョーキですね、ほとんどこれは。
次回更新の予定は予定ですが、内容はまだ決めてません。すみません。
2009/05/23(Sat)
ぴよぴよぴぴぴ
ミツルギ
11〜23日に拍手を頂いた皆様、ありがとうございました。
>ココ様
はじめまして。お返事遅くなりまして申し訳ありませんm(_ _)m
『鍬次郎』読んで頂いてありがとうございます。やたらと量だけは多い小説ですが、お楽しみ頂けましたら有り難く思います。
好きな交通標識は、なかなか見かけないんですよね〜。
WEB拍手もときどき変わりますので、のぞいてやってみて下さい。
それでは、今後とも宜しくお願いいたします。
「ひよこに計算能力がある!」
というニュースを見ました。
イタリアのトレント大学とパドヴァ大学の共同研究で、孵化後3、4日目のひよこに簡単な足し算引き算が出来るという研究結果がロンドン王立協会会報に発表されたそうです。
これは、人間が学習によって得た計算能力とは違って、アプリオリなものではないかと。
鳥に計算という概念があるかどうかはわかりませんが、ひよこ(にわとり)に限らず、他の鳥類にも個体識別能力があるのは当然で。野鳥が抱卵の際、人為的に卵を抜くとまたもとの数に戻そうとして埋め合わせの分(無精卵であっても)を産むのも、数を認識しているからなのでしょう。
仲間の数が減っても、わかるそうです。
計算が出来ることに驚く事実というよりは、それが本能的なものかそうでないのかを立証するという研究なのではないかと。
鳥と一緒に暮らしてみると、一般的に知られている知識や、本から得るものよりずっと奥深く、「えっ。小鳥にこんなことが出来るのか」と思わせられることばかりです。
人間はまだまだ鳥類の知能の高さを知らないのだという気がします。
2009/05/10(Sun)
事業の基本は金ではなく、人を追え
ミツルギ
6〜10日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
突然ですが。
ハウツー本みたいなタイトルですみません。
「世の中お金ばっかりじゃないよ」と本気で言えるのは、お金で死ぬほど苦労したことがない人ではないかと思うのです。
「世の中学歴じゃないよ」と言えるのは、世間一般的に見てそこそこ学歴のある私が経験、そして挫折したことからそう思うのと同じです。
確かに、世の中お金で買えない、手に入れられないものはたくさんあります。
でも、お金で解決できることはもっとたくさんあります。
お金が原因で人間関係に亀裂が入ることなんて、有象無象の、日常茶飯事のように盛りだくさんです。
お金がなくて、健康を損なうことも、命まで失うことも、人生を狂わせることもてんこ盛りです。
お金があれば、子供をより高度な教育機関に進ませることも出来ます。おけいこごとも出来ます。余暇を楽しく過ごせます。
レジャーに行った思い出も出来るでしょう。小さい頃から、本物を飲食し、本物の芸術を知り、恵まれた環境で教養をやしなって、大人になれるのです。
昔は、そこまでお金を必要としなかったように思います(この言い方には語弊があるかもしれませんが)。
貧しくても勉強が出来れば、高等教育を受ける機会があり、また支援する人がいました。
今は公共の図書館や芸術ホールや、学校に設備があるとはいっても、それらは大都市かそうでないかでものすごく自治体によって格差があります。
それ以上、あるライン以上のものを望むとなると、私的財産を投入しなければ無理なのです。
昔もそういうことは、ままあったといえばそうなのですが、とりわけ地方と都市(とくに首都圏)との格差は広がっているように思います。
何をいまさら……とは思いますが、どうも自分がやっていることには、いつもこの問題が壁のように迫ってきてどうしようもないなと思うのです。
貧乏ヒマなしってヤツで、金も時間もないときたひにゃ結局諦めざるを得ない部分があるといいますか。
学問とお酒には金がかかるのです。自分ひとりで何もかもやろうと思うと、それこそ今の世の中、超えられない部分が多過ぎて、限界を感じざるを得ません。
例えて言えば、東大に行くのに、独学でやろうとしても、どうしても要領が悪くてしょうがない田舎の高校生と、首都圏の裕福な家庭に育って、予備校も通わせてもらってそこで対策を教えてもらって余裕のある学生生活を送る学生、というような格差。
かつてお金が無くても入る事が出来た東大は、いまやほぼ中流以上の金持ちの子供しか入れない(現に、私の父親世代は「あそこは貧乏人が行くとこだと言われた」と言っていました。その当時の金持ちは慶応。学習院は旧華族などの名家でないと入り難い)。
こんなんじゃダメですよ。たぶん。
東大出の官僚には、金持ちが考えた金持ちのための金持ちの施策しか出来ませんよ。
嗜好品は嗜好品ですが、人間にとって欠くことのできない食事のお供となるアルコール類が、正しい知識をもって遍く日本の食生活に受け入れられるようになるには、ワインは金持ちや一部のスノッブだけのものでは意味がない。
日本酒も一部のマニアのものだけでは、勿体無い。
しかし、現状では、やはりワインは金持ちの道楽の延長線上にあることが多いのです。
金持ちが飲む金持ちのための金持ちのワイン。
しょうもない。
シャトー・ルパンで子羊のソース・ペリグー。
そんなもん、日常的ではないですよ。フードマイレージ高すぎ。
100円ショップで買ったしるこせんべいで1000円台のポートワイン飲んでみな。けっこういけるよ。
誰か、打破して欲しい。
うーん。いや、自分がすべきか。
こんな鶴の一声ならぬスズメの一声が何処に届くかわからないのですが、何か始めないといけないような気がします。
2009/05/05(Tue)
こどもがオトナになるためには
ミツルギ
1〜5日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
こどもの日。
善良な家庭で生活する子供はしあわせです。すくなくとも、両親や祖父母が作ってくれた料理を食べることができ、洗濯や掃除をしてもらえて、上げ膳据え膳の頃は何もいう事が無い。
その有り難味は、独立して初めてわかることかもしれません。
世間一般ではどうとらえられているかわかりませんが、私はせつにそう感じます。
だから、幾ら大金を稼いで仕事が忙しくても、家に帰って何もしなくてもいい、あまつさえ朝も親が起してくれるようないわゆるパラサイトシングルの人は、30歳だろうが40歳だろうが自立しているとは思えません。かといって、無理に一人暮らしをしろとはいいませんが。
何もかも一人でする、もしくは配偶者がいても独立した家庭で家事をすることの煩雑さ、一からすべてをやる苦労は、やはり一個の人間を形成するに不可欠な要素だと思います。
ありていにいえば、働きながら子育てもし、家事もするお母さんはどれだけしんどいか、どれだけがんばっているか、といつも思うわけです。
私の場合は、気付いたら10代半ばから自分でせっせと自分の弁当は作り、洗濯もし、こづかい稼ぎもし、さまざま家事をしていましたが、今の世の中はそうでもないらしいです。というか、当時から私はそういう意味で特殊な感じに思われてましたが。
特別だとか不幸だとかは思いませんが、若い頃にその余分な時間を取られず、部活やバイトや自分の趣味やおしゃれに没頭できることは、ある意味しあわせなのかもしれないという気もします。
たとえば、家付きで、何もかも親がやってくれる人が自分磨きだけした結果、というのが今の日本のミスコンに出られるような人なんですよね。
私はそんな金と時間があったら誰でも出来るようなアタリマエの美しさはいらない、と思いますけどね。
たとえ化粧が汗で流れようがいっしょうけんめい働いているお母さんのほうが、よほどか美しいと思いますよ。
何もかもしてもらっている状況では、いつまでたっても子供なんだという自覚。
それが欲しい。それがオトナになる条件だと思います。
そして、自分がここまで自立できるようになったことに関して、両親や周囲の人々に感謝する気持ちがあれば、立派に自立していると思うのです。
2009/04/29(Wed)
また仕切りなおし
ミツルギ
24〜28日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
ちかごろはノンフィクション物や仕事関係の本しか読まないので、創作意欲もあまり出ません。何より、まとまった時間があって没入しないと書くとっかかりが生まれないのが実情。
そんな折、新型インフルエンザのニュース。
「こりゃやばい。時代は常に先を行ってるというか予測不能」
と思ってしまったのは、実は本館の近未来似非SF(?)の続編(一部終了から3年後くらいの世界)を書いてる中途なのですが、そこに出てくる事件がまさにそれ。
パンデミックの危険にさらされる政府と新型インフルエンザ、打開策という筋書が一本あるのです。
この筋書を考えたのは去年だったのですが、なんてタイムリーというか、書ききらないうちに現実が先を行ってるっていうのは悲しいもんです。
というわけで、少々軌道修正をしようかなあと思ったのですが、そんなこんなでまた頓挫。仕切りなおしの連続です。
いつ続きをオンライン上に出せるかは、また未定になってしまいました。
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