所司代手留帖
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2008/09/28(Sun)
時代劇は難しい
ミツルギ
21〜28日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
今更「柳生一族の陰謀」……って。
と思いながら観ましたが、やっぱりアゼン。もはやテーマとするところが、今の時代にそぐわないんですよね。勧善懲悪と単一の命題があって、美男美女の役者の華麗なアクションや衣装が見所だった時代はもう終わった。
高度成長時代もオイルショックもバブルも何もかも終わった今、コンプレックスな世相とIT時代到来によって遍く普及した知識と、ドラマ慣れした人びとの観察眼にそぐわない。
もはや、現実に起こる事件のほうがドラマティックで衝撃的で、人の心を深淵に放り込むことが多い。
そんな時代に、歴史上のif……だとか、好いた女が殺されたとか、父と息子の対立だけでドラマを成り立たせようとするのは難しいのです。
時代劇は難しい。
着物を着て殺陣をつけるだけでは、時代劇ではない。
どういうドラマにしろ、根底には通ったものがあるとしても、常に時代に即して変化していくものがあるべきだと思う。
それとも、すでに研究によって明らかにされている事実を吹っ飛ばすほどの強烈な味付けの絵空事なら、それはそれで却ってハマることが出来るのかも。
2008/09/20(Sat)
お知らせ
ミツルギ
12〜20日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
掲示板がサーバーの不都合か何かでアクセスできなくなったので、廃止いたしました。ご不便をおかけするかも知れませんが、更新のお知らせなどはTOPもしくはこちらのほうでお知らせいたします。すみません。
2008/09/11(Thu)
夏の終わり
ミツルギ
7〜10日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
「ゴンゾウ」も終わって夏が終わったという感じです。
映画は観に行かないので、11月の舞台を楽しみにしてます。なんてったって、生一生ですからねえ。
体調が思わしくないんですが、寝不足とか不規則な食事とか不摂生がたたっているのかもしれません。PCのやり過ぎは何とかしないとならないんですが、原稿や調べものがあるので、どうしたものか。少し痩せて心身ともにすっきりしたいと思います。世間一般の、ちょっとふっくらしたとき言う「あら、元気そうでいいわねえ」はムカつきます(笑)。
人は体格や体調に個人差がありますし、少なくとも私の場合は太ってきたら調子が悪いってことで。血行が悪くなってたり、内分泌系とか代謝機能が疲れているんです。むくみがそのまま脂肪に変わったりして。
ほんま、何でも自分の思い込み(太った→食欲がある→健康的)で他人様にそういう言葉をいってはいけませんね。深刻に悩んでる人もいるんですから。私は「はん。うぜえんだよ、こっちのことなんて何も知らないくせに」と心の中で毒づくくらいですが、はっは(笑)。
2008/09/06(Sat)
残暑厳しき九月でありますが
ミツルギ
4、5日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
>4日23時26分の方へ
お褒めのお言葉ありがとうございます!感謝感激雨あられです。
訪問していただけるだけでも有り難いことだと思っていますので、コメントを頂くと犬のようにしっぽ振り捲りです(笑)。
最近スローペース気味ですが、細々でも長くやっていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い申し上げますm(_ _)m
中断していた自作似非SF(?)の続編をやろうとしてぼちぼち書き始めていますが、本当にぼちぼちとしか進まなくて、第一部終わってからもう2年以上経ってるのにこのていたらく、と思っています。雑事が多過ぎるんですが、煩悩も多過ぎてあっちこっちやってるからダメなんです。ネットやると、関係ないことまで検索したり、ついつい楽しみばっかり追求するのでいかんのです。
まず、集中して勉強でも創作でも出来る環境作りからスタートですね。
そんなうちの唯一の自慢は、「今年の酷暑でもクーラーを一回もつけなかったこと」です。海辺じゃなくて盆地住まいでですよ。
環境大臣に表彰して欲しいわ。
2008/09/03(Wed)
ゴンゾウもあと一回
ミツルギ
1〜3日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
時事問題とかはあまり取り上げるべきではないと思っているんですが、アゼンとしたことがありましたねえ。
「私はあなたとは違うんです」
この言葉でデジャヴ。
いえ、以前いた会社で上司が私に言った言葉とほぼ同じだったので。
なに当たり前のこと言うてんねん。おまえと一緒じゃ気色悪いやんけ(冷笑)。一国一城の主(いろんな意味でのリーダー)と一般の人間とが同じ意識でどうする!?もう、サイテー。
としかいいようがなかったですけどね。
仕事投げ出しのやり方も他人事な風もなんかごっつ似てたし、無責任な人間というのは、世代を問わずに存在するもんやなと再確認。
苦労知らずだから、と仰る評論家もいますが、確かに二世とか二代目というのはよほどの覚悟や才能がない限りは、親の威光をアテにするか食いつぶすのが世の常のようです。
或る意味、親と同じ土俵にのぼったことが悲劇ではあります。しかし、それも引っ張り出されてイヤイヤながらとか、他に誰もやるひとがいないから、と言い訳してみても、その地位に就いた以上はそれなりの責任を果たさないとならないのがリーダーです。
少なくとも、小学校の生徒会選出選挙とかで経験したハズですが?
イヤでもそうなったら責任出来ますよ。国政とか組織経営とかとレベルが違う、とかいうのは違いますよ。子供の世界では、そのくらい重要なんですよ。自分から率先していく人もいますけど。
社会的人間としてどう責任もって行動できるか、最後まで任務を遂行できるか、その覚悟を身につけるのが生徒会や学級委員の存在であると思うのですがね。
そう思うと、「ああ、この人たちっていままで誰かの蔭(親とか強い友人)に隠れて、あるいは甘やかされて自分では絶対決着つけて来なかったんだ。汚いことやメンドクサイことは一切他の人間がやってくれたんだ。かわいそうに。この年でこうだと一生逃げ回る人生なのか……」とも思えてしまいます。
「あなたとは違うんです」という言葉に、自分がいかに一個のプライドある人間であるか、そうでなければ存在価値はないと思いつつ、他人を動かす言葉の一つも出ない、誰からも信頼されない、何もやり遂せない自分自身にまったく自信がない、どうしよう、こんな気持ちがお前にわかるか、という感情が読み取れます。
人は誰しも孤独なんだ。誰一人同じことなど考えてはいない。
誰にもお互い百パーセント個々の事情など理解できもしないし、それぞれに都合がある。それを悪く言ったところで他人のせいにしたって仕方がない。人はそれぞれ違うのだから。
私個人的には、病気になって辞めたあの人以上にその人は救いがたいと思いましたけど。病気になるだけまだ肉体は正直です。自己欺瞞に欺瞞を重ねていけば、見せ掛けは自己肯定ですので、精神的には保たれます。早い話が、他人の悪口ばっかり言ってるような人。
周囲は大いに迷惑ですけどね。
さておき。
ゴンゾウもいよいよクライマックス直前。真犯人とおぼしき人物はわかってしまいましたが、そのままひねりもなく終わるのかどうかも見所ですし。我等が一生君がどう活躍するかが最大の着目点です。
といっても、かなりいままで堪能してきましたサワヤカ一生。
これ、DVDを買うかどうかは考えどころですねえ。
2008/08/31(Sun)
釈然!超然戦士シャクゼリオン
ミツルギ
28〜31日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
タイトルは、そういう「超然」とした正義のヒーローがいて物事をきれいきっぱり「釈然」と解決してくれたらいいな、と。
「超光○士シャンゼ○オン」のパクリですみません。
今回はちょびっとばかし怒ってます。……え?いつものことですかね(苦笑)。
いま住んでるマンションに越してきたとき、本当は事前に隣人宅に挨拶するのが筋だったんですが、仕事がばたばたしていて年度末もあって出来ませんでした。
それで、とりあえず荷物を運んで落ち着いてからと思い、引越しに精出してました。
なんせ引越しやさんを使うほどの距離でなし、丸一日休むのは難しかったので仕事終わってからの作業で、現夫といそいそやってたんですね。夜9時くらいですが。
段取りとかいろいろ買うものとか話をしながら廊下を歩いていたら、そしたら、うちの向かいの窓から、
「うるさいわ」
という明らかな子供の罵声が。
一瞬、唖然としましたが、私達の話し声に向かってのことだと悟り、「そんなに大声で話していたわけでもないのに。でも、この時間でも寝付き始めた人とか勉強している人もいるから静かにしよう」と思い、その時は黙っていました。
しかし、次の日、同じ時間に家に入ろうとすると、向かいの家から子供のギャーギャー騒ぐ声が……。
「てめっ。昨日は人さまをうるさい呼ばわりしておきながら、自分らはええんかいクソがきゃ(怒)」
と瞬間的に思い、怒りの余り用意していた挨拶用の菓子折りを即座に家のゴミ箱にブチこみました(笑)>あとで拾いなおして自分で食べました、すみません。
……以来、挨拶する気が雲散霧消しました(ヲイ)。
そんなこんなで冷たい気分のまま数年。マンションの住人は入れ替わり、管理会社も二度変わりました。
でも、向かいの一家は変わりません。
相変わらずクソがき(女の子)はうるさく、廊下ですれ違っても挨拶もしません。
ばかりか。
ここ最近、マンションの掲示板にやたらと「夜中の騒音が迷惑です。真夜中の足音、シャワー、洗濯機、オーディオ製品の音。ベランダを開け放っての話し声、うんぬん……」という張り紙が増えています。
たしかに、一般常識では夜中に物音を矢鱈立てるのはよくないです。
しかし、24時間体制の店や病院勤務、警備関係の方々はお仕事で夜中に出入りしているんですし。それをやめろとは言えませんよね、社会的には至極正しい、いや、普通の人がいやがることをなさってるんですから。
恐らく、お仕事の方々は気を遣って静かに出入りなさっていると思います。
騒音の多くは学生の飲み会とかそういうもんなんでしょう。
でも、シャワーの音まで禁じられたらたまらん。ここはお湯を張って二度炊き出来る設備ではないですし、仕事終えて汗だくになって帰ってきてそのまま寝ろ、っていうのも非人道的だ。
そんなにシャワーが大きな音とも思えませんし。人の話し声が気になるというのならまだしも。
私も最近は夜勤があるので夜11時とか12時とかに帰ることもありますし、音には極力気をつけてます。
けどねえ。
だいたい、その程度の音が気になるなら集合住宅に住むな!……といいたい。
たしかに私も「下の階のステレオうるさい」とか思うことだってありますよ。でも、自分だっていつ何時どういう形で他人に迷惑をかけるかも、かけているかもわからない。度を越したら言いますけど、今の状態ではそう度を越しているとも思えません。あの騒音オバサンみたいのはともかく。
いつでもあいてるコンビニとか救急病院とか便利や安全を享受しておきながら、自分の立場が違うと途端にぶうつく文句を垂れるとの根性が気に食わない。
義母も自宅で隣の家に「夜に洗濯機を回してうるさい」と言われたらしく、近所のこともあって大人しくしてたけど、今度その家の若夫婦がUターンしてきたら、夜中に子供はわめくわ(それはしかたないけど)、洗濯機はぶいぶいまわすわ、車はボンボンうさいわで、「その言葉倍にしてかえしてやりたい」と言って怒ってました。
どうなってるんですかね、世の中。
「自分(とそのごく身内)は特別で他人は許せない」という思想が蔓延しているのでしょうか。
「うるさいわ」とほざいたガキの家は、たとえ親が他人様の前でどう取り繕っても、家庭ではそういう教育をしているか、何気無く親はそういう行動を取っているんでしょう。子は親の鏡、といいますし。
まあ、大きい目で見れば、
「所詮、人間自分勝手なもの」
といえるのでしょうが、毎日の些細な事がいつもこうではいちいちメンドクサイんですよね。
「自分はこうだけど、自分らの生活サイクルはこうだけど、他の家庭は違うし、違うことを改めろとか責めるのではなく、理解しつつ譲歩が必要なんだ」という思いやりが欠落したのか。
括りを変えれば、ハトのフン害がカラスのゴミあさりが、犬やネコのフン害がという人間。そういう人も、他の動物のことをまったく考えないエコに反する人です。
人間の勝手で家畜化された動物を野に放つのも、また人間の勝手。動物が存在することによってのデメリットしか考えない。
人間様は自分の便利のために排気ガスを垂れ流していてもよくて、ハトはフンをしてはならない。もちろん、野鳥を媒介にして起こるパンデミック(感染爆発)などは回避されるべきでしょうが、それはまた次元が違う話として。
その増上慢が環境破壊を招く第一歩ではないかという気がしてなりません。
こういうのって、幼児体験として身近に動物を飼ったことが情操を育てるというのとは、ちょっと違うんですよね。
いい大人でも自分のペットはよくて、他人のペットはどうでもいい、とか不快に思う人とか多いし。
万人と仲良くは出来ないけども、万物を大事には出来ないけれども、自分を生かしておいてくれる全てにでっかく感謝してと慈悲を持つこころは育てていくことが出来るはず。
その気持ちがあれば、「夜中にシャワーなんて」という言葉が胸中では「ちょっと迷惑」と思いながらも「この人たちもそれぞれの生活があって、そのおかげで地球は回っている」と考えたら無闇に「うるさいし黙れ」みたいには口を付いて出ないんじゃないかと。
ああ、なんぼ語ってもあんまり釈然としない話題ですね。すみません。
2008/08/28(Thu)
見極め合格
ミツルギ
人生どの場面においても「見極め」は最重要ポイントであるという気がする。
教習所で「見極め」の欄に教官からハンコ押されてましたけど。
周りの人間を見る目、自分の能力の限界をわかる力、状況によって近未来を予測する判断力……それらのいずれもが「見極め」だ。
たとえば、大怪我をしていたり病気を隠しながら大舞台に出ることの有益性は何にあるのか。
自己満足の為に大勢に要らぬ心配をかけたり、仕事の結果に傷を付けるのか。
言い出せない重圧を感じる時点で、自分のメンタルな能力は低いのではないか。
あるいは、人間という生き物自体を買い被りすぎていないか。
人間が創り出したものを過信し過ぎていないか。
些細なことかもしれないが、某N○Kの番組を見たり、実際に犬や小鳥を飼ってみて思うのは、人間の能力のちっぽけさ。
卑下するのではない。脆弱で繊細な肉体を補い克服するために、人は大脳を発達させ、道具や文字、言葉を駆使することによって地球に繁栄してきた。それは人間の誇りうる能力といってよい。
たとえば、小鳥は数十グラムという肉体で、人間を襲うことも出来るし(目や粘膜質、皮膚の柔らかいところを瞬時に判断して狙う)、敵には生身で果敢に立ち向かうのである。(小鳥に人間の概念での精神力があるなら)恐るべきメンタルタフネスの持ち主といって過言ではない。
怖気づくことはない。
逃げるのは、怖気づくのではなく本能として自己の子孫を残す目的を持つからだ。必死の体でヒナを守るが、どうしても出来ない時、子供は食べられても自分が残っていれば、また子孫は増える。
その「見極め」があまりに絶妙だ。
人間の判断力の愚鈍さなど及びもしない。たまさか判断を誤る動物もあるが、それは個体互いの能力の差が殆どのように思える。
これから気象の不安定な時期、いつも思うのだ。人間の力など自然に及びもしない。だのに、あまりにも人間の作ったものに安心し過ぎている。
排水の悪い街の作り、地下街、避難経路の確保出来ない区画、強風にもかかわらず自転車で傘差し運転する無鉄砲さ、大雨注意報が出ているのに河川敷で散歩する人、車はタイヤ半分が浸かったら危険というのに無謀にも出かける人……。
己の無知さと文明の利器への過信から、あたら命を縮めることを、もっと痛切に訴える機会があっていいはず。
学校教育ももちろん、家庭でもそうあらまほしい。
とりわけ、四輪車は二輪より乗りやすくて大概の人が免許を取れるし、幸い最近の車は腕力や技術がなくても乗れる。
そのこと自体はいいことだが、乗る側の心構えや知識がついていかないのでは、本当に車を有効に利用しているとは考え難い。
パワステ、って何。パワステがなくなってもさて乗れるのか(最近のは無理ですが)。
エンジンがフロントなのかリアなのかミッドシップなのか何処に搭載されているかで、もし水没したときにどう対処すればいいのかは判断出来る。
基本的にエンジンはサーモスタットが水を被って閉じてしまったらオーバーヒートで終わりになる。
そうなったら、パワーウインドウも動きませんよ。
そういう教育は、教習所の中ではなされない。公安委員会もしない。それでも普段は何とかなるが、それは自分が運転が上手いからではなく、車の性能がいいからであって。
そういう判断の為に、やはりある程度の知識は必要だろう。
とりあえず、車庫入れもマトモに出来ないオバちゃん、立体感覚がないヤツが3ナンバーに乗るんじゃねえよ(怒)!車線はみ出して走る紅葉マーク!いつまでも自分は若いと思うなよ、自分の能力見極めろ!といつも思ってしまう(笑)。
マヂで周囲に大いなる危険を感じさせてますよ。
2008/08/27(Wed)
いつか来るのか
ミツルギ
18〜27日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
「ゴンゾウ」が特番でお休みでしたので、間が空いてしまいました。
今回は「チームゴンゾウ結成!」がメインのようでしたね。
いままでにちりばめられた伏線がじょじょにつながっていく感じ。なんかこう、単純明快な善悪やキャラだけで進めていくスター中心のドラマよりも、一見地味だけど深い演技のできる役者さんを集めたこういうストーリーは好きですよ。
伏線バリバリってとこがくすぐられますね。
もっとくすぐられるのは、日比野@一生君の演技。飯塚の面会でちょっとうるっとした眼差しや、飯塚の姉のマンションを訪ねていった時のおそるおそるのキョドり方。新人臭さが抜けないのがたまりません。男臭い現場のようですが、年上で巨乳(?)の女刑事にガツンとシゴかれてみたらどうなんよ、と妄想させてくれます(ヲイ)。
「風林火山」の時も男臭そ〜な軍議の場面とか腹に一物ありそうなオッサンらに混じってサワヤカな知性派を演じてましたが、基本的に華奢で顔だちがかわいいので、オッサン臭い中に入ると清涼剤にしか見えません。
いつか、オッサン臭くなる日が来るのかこの人は……と疑ってしまいます。永遠に加齢臭とは無縁そうに見えますけどね。
ドラマの終わりが近付くのが悲しい。
2008/08/16(Sat)
かっこいい男が主人公になるとは限らない
ミツルギ
私にとって「かっこいい男」は束縛しない、迎合しない男。
女に迎合しない。金に迎合しない。権力に迎合しない。名誉に迎合しない。
なかでも「女に迎合しない」これがいちばん大事。
自分の好都合や信念を枉げてまで女に合わせようとする態度はかっこ悪い。
端的に言えば、記念日なんかガラでもないのに無理してデートに誘う。欲しいとも言ってないアクセサリーや服なんかを買い与えてしまう。そのデートの時間すら女の都合。雨が降ったからといって普段やりもしない車で送り迎え。結婚式をするもしないも、すべて自分の本意は伏せて女任せ。子供の教育も妻の方針にのみ従う……意外にそういう男は多いけれど、それのどこが思いやりがあってやさしいのか、かっこいいのか私にはわからない。
女である私は、「すべて貴女の意のままに」なんてまったく望んでいません。
自分の意志のないジェントリーは、穿った見方をすれば一個人としてバカにされているような気もしないでもない。
「女は持ち上げられてニコニコしながら何でもするもので、言うとおりにしてやることが男の甲斐性」だなんて勘違いはカンベンして欲しいです。
とりわけ、いい年したオジサンが若い女の子にでれでれしながら何でも言うこと聞いてる姿はみっともない。
女は女の子の時代から白髪になるまでシタタカな生き物なのですよ。
何がみっともないって「若い欲望むき出しの男ならまだしも、人生経験豊かであるはずのオッサンが何でその程度のことわからんかなあ?女はどんな無欲な女性でも、かなり敏感な男よりもずっとずっと無意識にシタタカなのに」って思うからですよ。
「オバサンがひがみやがって」とすぐに言い返すけど、それは男がバカなんですよ。そのバカさ加減に呆れているだけで、嫉妬もへったくれもない。
「迎合しない男」選びはかなり苦労します。
ジゴロでもなく、ワンマンでもなく、ただ自然体で自分の意志を尊重して生きる男は案外少ない。
私自身は、「自分の意志を本当に尊重しポリシーを貫ける人は、他人に対してもそうできる人」だと信じています。
自分を束縛しないことは出来ても、他人を束縛する人はいる。そんな人は本当の意味での「迎合しない男」ではない。
自分をも他人をも解き放って生きる人間。
実に私にとっては心地良い存在なのですが、いかんせん、そういう人は何事にも動じないし理解がありすぎて、いわゆるイマドキの小説の主人公には向かないようですよ(笑)。
2008/08/15(Fri)
この日だからこそ
ミツルギ
14、15日に拍手を頂いた皆様ありがとうございます。
某地方新聞の読者投稿欄に、「戦時下の強制立ち退きや金属類の提供に怒りを覚えた」という記事が載っていました。
確かに不条理でありますし、住み慣れた場所を工場や作業場にするために無理矢理立ち退かされるというのは人権侵害です。
しかし、比較するつもりはありませんが、世の中にはその同時期にもっと悲しい目に遭った人もいます。
大義からすれば、戦争に加担したという意味において対戦相手の国から見ると日本の全国民は制裁を受けてしかるべき、という理屈も成り立つのでしょうが、個人において無辜である人びとがあっという間に命を失われていった原爆投下や大空襲には、それこそ非情で無益な殺生というほかありません。
生きながら焼かれる酷さ。戦火の下で子供や親とはぐれてしまう。一瞬で家屋も財産も失うはかなさ。
人の痛み、悲しみはそれぞれ個々のものであって、較べることは出来ません。
けれども、己よりももっと辛い目に遭ったことがある人が大勢いて、いまも苦しんでいる人が実は目の前で笑顔を作っているのかもしれない、そう思うとやみくもに誰かに向かって自分の痛みだけを主張するのは余りにもおこがましい気がします。
きれいごとを言うつもりはありませんが、せっかく空襲を逃れた古都の人間ならば、そのことを誇りに思い、犠牲になった方々に敬意を払って今後の日本に少しでも文化伝統を残していくことに力を注ぐべきでしょう。
古都を主張する人間には、その義務がある。
その謙虚さが失われることのほうが、私はつらいです。
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